たまテレちゃんねる

たまテレニュース

いちたま閉校から1年

2026年3月23日

続いては特集です。 「いちたま」の愛称で親しまれてきた倉敷市立玉島高校。 今年の3月で、閉校から1年を迎える中、卒業生の「今」を取材しました。 2025年3月31日、生徒数の減少などを理由に倉敷市立玉島高校、通称「いちたま」が閉校しました。 昼間部の普通科と夜間部の商業科を持つこの学校は77年間に渡って数多くの生徒を輩出してきました。 かつては玉島東中学校としても使用されてきた木造の校舎。 この温かみのある校舎もたて壊され、跡地には学校給食共同調理場が整備されることが決まっています。 調理場の整備にあたって、3月に住民に向けて開かれた説明会の資料によると令和8年の4月から本格的に工事が始まり、令和10年の8月から調理場が稼働する予定です。 いちたまの商業科の生徒たちは、課外学習の一環として、フードロス削減を目的に作られた缶詰を使って社会の課題を解決する「コノヒトカンプロジェクト」に取り組んできました。 商業科の生徒たちの多くは、「不登校」を経験したり、人前で話すことが苦手でした。 それでも、プロジェクトで、同じ境遇の不登校の子どもたちの支援や能登半島地震の被災地支援などを行ううちに、様々な人と交流することの楽しさを感じるようになりました。 卒業して散り散りになってしまった生徒たち。中には現在も自分を大きく変えてくれたコノヒトカンプロジェクトにボランティアとして活動している卒業生もいます。 いちたまは生徒たちにとって大切な「居場所」でした。 なくなってしまったこの「居場所」を新しく作ろうと企画したのがいちたまで教員を務めていた岡田 英将さんです。 「熱血」という言葉がぴったりで生徒とも距離が近かった岡田さんは、閉校と同時に教員を退職することを決めました。 退職した2025年の春からは、コノヒトカン代表の三好 千尋さんの協力を得て、水島のビルで「居場所」を作る取り組みを始めています。 学校はなくなってしまいましたが、人との繋がりで得た、人の気持ちによりそった経験は、卒業生の糧となり、今を生きる原動力となっています。